2008.03.20
幸福の種子
昔話でよく知られている 『わらしべ長者』には、
幸福へのヒントがいっぱい詰まっているように思えます。
わらしべ長者
むかしむかし、あるところに、太郎という貧しい若者がおりました。
太郎は自分の田んぼを持っておらず、
よその家の仕事を手伝って働いています。
住む家もなく、よその納谷を借りて暮らしています。
ある日、太郎はお寺の観音さまにお参りに行きました。
「観音さま、私はいくらまじめに働いても、暮らしが楽になりません。どうかお助けください」
それからも、太郎は仕事が終わると毎日、観音さまにお参りに行きました。
ある夜、太郎が寝ていると、夢の中に観音さまが現れました。
「太郎、お前によいものを授けよう。明日、最初に手につかんだものを大切に持ってゆきなさい。それがお前を幸せにしてくれますよ」
よろこんだ太郎は、心も晴ればれと、観音さまにお礼を言いに出かけました。
お参りから帰ろうとして、お寺の門から出たときです。
太郎は、石につまずいて転んでしまいました。
起き上がってみると、いつのまにか、手に『わらしべ』を一本握っています。
「おや、観音さまのくださったのはこのわらしべか。こんなわらしべで、ほんとうに幸せになれるのかな」
太郎はがっかりしましたが、せっかく観音さまにもらったわらしべですので、大切に持って歩いてゆきました。
歩いていると、一匹のアブが太郎のまわりをうるさく飛びまわります。
太郎はアブをつかまえて、わらしべの先に結び付けました。
アブが飛びまわると、木の枝の先で、わらしべがグルグル動きます。
そこへ、大勢の家来を連れた牛車が通りかかりました。
中に乗っている若さまが太郎のアブを見て、「あのオモチャが欲しいよ」
そこで、家来が頼みにきました。 「これ、そのアブのオモチャを譲ってくれんか」
「はい、さしあげます」
若さまは大よろこび。
お母さんもよろこんで、太郎にみかんを三つくれました。
さらに歩いてゆくと、道ばたで女の人が苦しそうに休んでいます。
つきそいの人が太郎を呼びとめて、たずねました。
「もしもし、この近くに水が飲めるところはありませんか」
「さあ、水があるところはずっと遠くです。のどが乾いているなら、みかんをあげましょう」
女の人は、みかんを三つともおいしそうに食べました。
「ありがとうございます。お礼にこの布をさしあげます」
と、お供の人が三反の布を太郎にくれました。
太郎は大よろこびで布を持って歩いてゆくと、しばらくして、馬に乗ったお侍がやってきました。
太郎の近くに来たとき、突然、馬が倒れました。
「急いでいるのに困ったなぁ」お侍は、家来に馬の始末をするように言いつけて、先に行ってしまいました。
家来たちの困っている様子を見て、太郎が声をかけました。
「よろしければ、私が馬を片づけましょう。馬の代わりに、この布を一反さしあげますよ」 家来はよろこんで馬を置いて行ってしまいました。
太郎は、川から水をくんできて、馬に飲ませました。
すると、馬はすぐ元気になって立ち上がりました。「ああ、よかった」
太郎は大よろこびで馬を連れ、残りの布二反を持って歩いてゆきました。
しばらく行くと、大きなお屋敷の前にやってきました。そのお屋敷では引越しをしているところで、みんなとても忙しそうに働いています。
「たいへんな荷物だなぁ。馬があると役に立つだろう」
太郎はお屋敷に入り、馬はいらないか聞いてみました。
お屋敷の中から主人が出てきました。
「これはよい馬だ。譲って欲しいが、今はお金がない。代わりにわしの田んぼと、とりかえてくれないかね」
「はい、お金は使えばすぐになくなります。でも、田んぼなら働いてお米を増やすことができます。とりかえてください」
これを聞いて、主人はすっかり感心しました。
「なんとしっかりした若者だ。どうだ、わしが留守のあいだ、この屋敷に住んで留守番してくれないか。私は遠い国へ仕事をしにゆくから、当分帰ってこないのじゃ」
「はい、ありがとうございます」
それから太郎は、大きなお屋敷の留守番を引き受けて、せっせと田んぼを耕して働きました。
ところが、お屋敷のご主人はいつまでたっても帰ってきません。
太郎はその大きなお屋敷の主人となって幸せに暮らしました。
このお話を読んで色んな感想があると思います。
私は、このお話を随分前に読んで、その内容の深さを感じました。
また改めて味わいたくなって読み返してみました。
私が、感じたことを少し書いてみたいと思います。
このお話には、まず観音さまへの信心がベースとなっていますが、
幸せになりたいという欲心からの、ご利益信心ではなく、
ただのわらしべひとつを、観音さまからの有り難い頂き物だから、
大切にしたいと、信じ続ける太郎の信心の深さを感じました。
そして、太郎の人々への関心も素晴らしいと思いました。
『愛の反対は無関心』というマザーテレサの言葉を、
以前教えてもらって日記にも書いたことがあります。
太郎は、こうあるべきと意識しなくても、
見返りが欲しかったわけでもなく、
そうせずにはいられなかったのだと思います。
そこにいる人に愛を与えることに、理由はないのだと思います。
わらしべは、私の心の中にもあると思います。
そして、わらしべが、幸せへと変わるプロセスを大切にしたいと思います。
起きるすべての出来事に、何一つ無駄はない。
幸せの種、いつかきっと花開くことを信じ続けることは難しい。
その種を蒔き続けることは、もっともっと難しい。。。
もみだねも、床に置いていては何にもならない。
色んなご縁に触れて、収穫を迎える。
目に見えない大切なものを大切にしながら、
今、目の前にあることを丁寧に感じたいと思います。
合掌
和歌山の癒し 心と体のリラクゼーションサロン ショコラ
ホームページはコチラから
↓
http://chocolat.main.jp
幸福へのヒントがいっぱい詰まっているように思えます。
わらしべ長者
むかしむかし、あるところに、太郎という貧しい若者がおりました。
太郎は自分の田んぼを持っておらず、
よその家の仕事を手伝って働いています。
住む家もなく、よその納谷を借りて暮らしています。
ある日、太郎はお寺の観音さまにお参りに行きました。
「観音さま、私はいくらまじめに働いても、暮らしが楽になりません。どうかお助けください」
それからも、太郎は仕事が終わると毎日、観音さまにお参りに行きました。
ある夜、太郎が寝ていると、夢の中に観音さまが現れました。
「太郎、お前によいものを授けよう。明日、最初に手につかんだものを大切に持ってゆきなさい。それがお前を幸せにしてくれますよ」
よろこんだ太郎は、心も晴ればれと、観音さまにお礼を言いに出かけました。
お参りから帰ろうとして、お寺の門から出たときです。
太郎は、石につまずいて転んでしまいました。
起き上がってみると、いつのまにか、手に『わらしべ』を一本握っています。
「おや、観音さまのくださったのはこのわらしべか。こんなわらしべで、ほんとうに幸せになれるのかな」
太郎はがっかりしましたが、せっかく観音さまにもらったわらしべですので、大切に持って歩いてゆきました。
歩いていると、一匹のアブが太郎のまわりをうるさく飛びまわります。
太郎はアブをつかまえて、わらしべの先に結び付けました。
アブが飛びまわると、木の枝の先で、わらしべがグルグル動きます。
そこへ、大勢の家来を連れた牛車が通りかかりました。
中に乗っている若さまが太郎のアブを見て、「あのオモチャが欲しいよ」
そこで、家来が頼みにきました。 「これ、そのアブのオモチャを譲ってくれんか」
「はい、さしあげます」
若さまは大よろこび。
お母さんもよろこんで、太郎にみかんを三つくれました。
さらに歩いてゆくと、道ばたで女の人が苦しそうに休んでいます。
つきそいの人が太郎を呼びとめて、たずねました。
「もしもし、この近くに水が飲めるところはありませんか」
「さあ、水があるところはずっと遠くです。のどが乾いているなら、みかんをあげましょう」
女の人は、みかんを三つともおいしそうに食べました。
「ありがとうございます。お礼にこの布をさしあげます」
と、お供の人が三反の布を太郎にくれました。
太郎は大よろこびで布を持って歩いてゆくと、しばらくして、馬に乗ったお侍がやってきました。
太郎の近くに来たとき、突然、馬が倒れました。
「急いでいるのに困ったなぁ」お侍は、家来に馬の始末をするように言いつけて、先に行ってしまいました。
家来たちの困っている様子を見て、太郎が声をかけました。
「よろしければ、私が馬を片づけましょう。馬の代わりに、この布を一反さしあげますよ」 家来はよろこんで馬を置いて行ってしまいました。
太郎は、川から水をくんできて、馬に飲ませました。
すると、馬はすぐ元気になって立ち上がりました。「ああ、よかった」
太郎は大よろこびで馬を連れ、残りの布二反を持って歩いてゆきました。
しばらく行くと、大きなお屋敷の前にやってきました。そのお屋敷では引越しをしているところで、みんなとても忙しそうに働いています。
「たいへんな荷物だなぁ。馬があると役に立つだろう」
太郎はお屋敷に入り、馬はいらないか聞いてみました。
お屋敷の中から主人が出てきました。
「これはよい馬だ。譲って欲しいが、今はお金がない。代わりにわしの田んぼと、とりかえてくれないかね」
「はい、お金は使えばすぐになくなります。でも、田んぼなら働いてお米を増やすことができます。とりかえてください」
これを聞いて、主人はすっかり感心しました。
「なんとしっかりした若者だ。どうだ、わしが留守のあいだ、この屋敷に住んで留守番してくれないか。私は遠い国へ仕事をしにゆくから、当分帰ってこないのじゃ」
「はい、ありがとうございます」
それから太郎は、大きなお屋敷の留守番を引き受けて、せっせと田んぼを耕して働きました。
ところが、お屋敷のご主人はいつまでたっても帰ってきません。
太郎はその大きなお屋敷の主人となって幸せに暮らしました。
このお話を読んで色んな感想があると思います。
私は、このお話を随分前に読んで、その内容の深さを感じました。
また改めて味わいたくなって読み返してみました。
私が、感じたことを少し書いてみたいと思います。
このお話には、まず観音さまへの信心がベースとなっていますが、
幸せになりたいという欲心からの、ご利益信心ではなく、
ただのわらしべひとつを、観音さまからの有り難い頂き物だから、
大切にしたいと、信じ続ける太郎の信心の深さを感じました。
そして、太郎の人々への関心も素晴らしいと思いました。
『愛の反対は無関心』というマザーテレサの言葉を、
以前教えてもらって日記にも書いたことがあります。
太郎は、こうあるべきと意識しなくても、
見返りが欲しかったわけでもなく、
そうせずにはいられなかったのだと思います。
そこにいる人に愛を与えることに、理由はないのだと思います。
わらしべは、私の心の中にもあると思います。
そして、わらしべが、幸せへと変わるプロセスを大切にしたいと思います。
起きるすべての出来事に、何一つ無駄はない。
幸せの種、いつかきっと花開くことを信じ続けることは難しい。
その種を蒔き続けることは、もっともっと難しい。。。
もみだねも、床に置いていては何にもならない。
色んなご縁に触れて、収穫を迎える。
目に見えない大切なものを大切にしながら、
今、目の前にあることを丁寧に感じたいと思います。
合掌
和歌山の癒し 心と体のリラクゼーションサロン ショコラ
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