2008.09.24
生きる目的 京セラ稲盛会長のお話
ずっと書き溜めていて、なかなかアップ出来ませんでしたが、
皆様にもご紹介したいお話がありますので、
かなり長いのですが、ぜひ読んでみてください。
先日、京セラ名誉会長、KDDI最高顧問、
稲盛和夫さんの講演会に連れて行ってもらいました。
稲盛先生は、心を大切にした経営をなされているということで、
私は以前より、とても興味を持っていました。
今回、有り難いおはからいを頂き、お話を聞かせて頂けました。
どんなお話を聞かせて頂けるのかと、わくわくしていました。
テーマ 『人は何のために生きるのか』
一気に興味が湧き起こりました。
私達、仏教を学ぶ者たちが、
いつも聞かせて頂き、いつもお伝えさせて頂こうとしていることですから☆
答えは仏教にしかないような、このテーマを、
日本を代表する大企業の稲盛先生が、どのように教えてくださるのか、
私は、更にわくわくしていました。
以下、聞かせて頂いたまま、ものすごく細かく書かせて頂きます。
稲盛和夫さんの講演内容
中国に、『陰隲録(いんしつろく)』という古書があります。
400年前のお話です。
著者は中国・明の時代に生きた袁了凡という軍人であり、
政治家でもあり、学者でもあった人です。
その書の中に「運命と立命」を考えさせるお話が紹介されています。
代々医者の家系に生まれた了凡は、医師だった父を早くに亡くし、
母子家庭で育ちました。当然、母親は了凡を医者にしたいと思っていました。
ある日、南の国で易を極めたという白髪の老人が、
その易学を、了凡に伝えろという使命が下ったと言って、やってきました。
そして、その老人は、了凡の未来を易学にて予測し、話し始めました。
了凡は、医者にはならない。将来は高級官僚になる。
さらに何歳でどの試験に何番目で合格し、どの様な役所に入るか、いずれは、
中央の役人になり、最終は地方官長にまで出世し、53歳で死ぬ。
また結婚はするが、生涯子供には恵まれない、と占いました。
その後の了凡の人生は白髪老人の占い通りに進み、何度かの試験にパスし、
確かに役人としての道を進んでいきました。
やがて、中央の役人を経て地方の官長になりました。
結婚はしましたが、子供には恵まれませんでした。
そこで彼は「人間は生まれた時から運命が定まっているのだ。
仕事も出世も、すべて運命で決まっていることなのだ。
いくらどうあがいても、なるようにしかならないのだ。と、
堅く信じるようになり、それ以来、ああしたいこうしたいいうような欲が、
なくなってしまいました。
ある日、南京の棲霞山(せいかざん)に雲谷禅師を尋ねた了凡は、
禅師と共に座禅を組まれました。
座禅を組むその姿勢、雑念もないすみきった心に禅師は驚き、
「あなたは、お若いにもかかわらず、よほどの修行をなされたに違いない、
これまで、どのような修行をなさっておられたのか?」
と、了凡に尋ねました。
聞かれるままに了凡は答えました。
「私は、とりたてた修業は致しておりません。
ある日出会った易の白髪老人に未来を予測され、
私は高級官僚になる運命にあり、
何歳で試験に受かり、何歳で役人になる、
結婚はするが、子宝には恵まれない、そして53歳で死ぬ。
と、言われました。
これまでの人生はその老人の占い通りになっています。
人間は最初から運命が決まっています。それを知った時、
ああもしたい、こうもしたいという欲が無くなってしまいました。
ただ、私は自分の運命の命ずるままに、
人生を全うしようと思っているので、雑念も無念もありません。」
それを聞いた禅師は、
「悟りを開いた賢人かと思ったが、君はなんて大馬鹿者か。
運命は備わっているが、運命は変えられるのだ。
因果の法則というものがあって、
善い事をすれば善い事があり、悪い事をすれば悪い事がある。
運命は、自分の行いによって変えられるのだ。」と、教えました。
雲谷禅師に懇々と諭されて、了凡は愕然とし、
その後、毎日少しでも善い事をしようと実行し始めました。
そして自らの考え方を変え、行いを改めていくうちに、
老人の予言そのままだった人生が、変わり始めました。
できないと言われた子供が生まれ、53歳を過ぎても元気でいられました。
その自らの人生を、生まれた子供に話し、
運命というものはあるけれど、運命は変えられるという事を教えました。
以下も、稲盛先生の言葉です。
一寸先の人生をどうやって生きていけばいいのかと悩んでいた時に、
このお話を知り、因果の法則を知りました。
そして、運命の命ずるままに生きていく中で、
少しでも善い事を思い、善い事をするように生きていこうと誓いました。
けれど、もともと技術者であるので、
合理的、科学的でなければいけないという心が捨てられませんでした。
優しい人が幸せそうにしていなかったり、
悪い人が幸せないい生活をしていたり、
そういうものを見て、どうしても因果の法則を信じられませんでした。
けれど、簡単に結果が出なくても、すぐに人生が変わらなくても、
それは、運命と因果の法則が折り重なっているためであり、
長い目で見ると、必ず因果の法則は成り立っていると実感しました。
宇宙には全てのものが幸せな方向へ発展していく為の力があります。
全てのものが幸せになるようにという想念があります。
これは、仏陀の慈悲のような、キリストの愛のような、
この慈悲と愛の想念に波長が合った時に、
その法則が助けてくれるのではなかろうか。そう思いました。
けれど、一般大衆の為に、このようなきれい事を言っているけれど、
本当は金儲けをしたい、大きな事業に挑戦したいという私心ではないのか、
「動機善なりや、私心なかりしか」と、心に問うてきました。
そして、どんな時も、この因果の法則を常に心に、
幸福な時にこそ、謙虚であること、
幸運も、また試練であることを肝に銘じ、
人生をまじめに一生懸命生きてきました。
人は生まれてから20歳までの間に、世の中に出る準備をする、
そして、20歳からの40年は世の為に働き、
60歳からの20年は何の為にあるのかを考え、
65歳で、京都の臨済宗妙心寺派円福寺にて得度を受け、仏門に入りました。
死ぬ時、自分の人生を振り返り、
自分の行ってきた事、経歴を自慢しても何の役にも立たない。
人生、幸せに生きる為には、利他の心、優しい心で生きていく。
魂が美しい立派な魂になっているか、
自分の魂を磨く為に、この人生がある。
これが、生きる目的だと思っています。
以上・・・・・・・
実に感動的なお話を聞かせて頂きました。
実際、内容としましては、私は仏教を学ばせて頂いておりますので、
常に聞かせて頂き、心に刻み込んでいる仏教の根幹、因果の道理ですので、
珍しいお話ではなかったのですが、
稲盛先生という方を通して、たくさんの方々に、
仏教の根幹が伝わっているということ、
今回の講演会でも、2300人という多くの方に伝わったこと、
本当に嬉しく有り難く、本当に感動しました。
善因善果、悪因悪果、自因自果
善行をしているつもりでも、実際本当に善なる心でやっているのかと、
思い悩む時があります。
稲盛先生の仰る通り、私心はないのかと・・・
実際、よくよく考えれば、私には何が善なのかさえ分かりません。
私心しかないように思えます。
それでも、釈尊が説かれた沢山の経典に書かれている言葉を信じ、
私の仕事を通して、善行にはげみたいと、
稲盛先生のお話を聞かせて頂いて、また改めて思いました。
「動機善なりや、私心なかりしか」
常に心を正し、因果の法則のもと、
自らの人生を自ら選択し、運命を開いていきたいと思いました。
各地で托鉢・辻説法も行っている稲盛先生に、心から感謝し、
一人でも多くの方に、稲盛先生のお話をお届け出来ればと思い、
今回日記を書かせて頂きました。
合掌
皆様にもご紹介したいお話がありますので、
かなり長いのですが、ぜひ読んでみてください。
先日、京セラ名誉会長、KDDI最高顧問、
稲盛和夫さんの講演会に連れて行ってもらいました。
稲盛先生は、心を大切にした経営をなされているということで、
私は以前より、とても興味を持っていました。
今回、有り難いおはからいを頂き、お話を聞かせて頂けました。
どんなお話を聞かせて頂けるのかと、わくわくしていました。
テーマ 『人は何のために生きるのか』
一気に興味が湧き起こりました。
私達、仏教を学ぶ者たちが、
いつも聞かせて頂き、いつもお伝えさせて頂こうとしていることですから☆
答えは仏教にしかないような、このテーマを、
日本を代表する大企業の稲盛先生が、どのように教えてくださるのか、
私は、更にわくわくしていました。
以下、聞かせて頂いたまま、ものすごく細かく書かせて頂きます。
稲盛和夫さんの講演内容
中国に、『陰隲録(いんしつろく)』という古書があります。
400年前のお話です。
著者は中国・明の時代に生きた袁了凡という軍人であり、
政治家でもあり、学者でもあった人です。
その書の中に「運命と立命」を考えさせるお話が紹介されています。
代々医者の家系に生まれた了凡は、医師だった父を早くに亡くし、
母子家庭で育ちました。当然、母親は了凡を医者にしたいと思っていました。
ある日、南の国で易を極めたという白髪の老人が、
その易学を、了凡に伝えろという使命が下ったと言って、やってきました。
そして、その老人は、了凡の未来を易学にて予測し、話し始めました。
了凡は、医者にはならない。将来は高級官僚になる。
さらに何歳でどの試験に何番目で合格し、どの様な役所に入るか、いずれは、
中央の役人になり、最終は地方官長にまで出世し、53歳で死ぬ。
また結婚はするが、生涯子供には恵まれない、と占いました。
その後の了凡の人生は白髪老人の占い通りに進み、何度かの試験にパスし、
確かに役人としての道を進んでいきました。
やがて、中央の役人を経て地方の官長になりました。
結婚はしましたが、子供には恵まれませんでした。
そこで彼は「人間は生まれた時から運命が定まっているのだ。
仕事も出世も、すべて運命で決まっていることなのだ。
いくらどうあがいても、なるようにしかならないのだ。と、
堅く信じるようになり、それ以来、ああしたいこうしたいいうような欲が、
なくなってしまいました。
ある日、南京の棲霞山(せいかざん)に雲谷禅師を尋ねた了凡は、
禅師と共に座禅を組まれました。
座禅を組むその姿勢、雑念もないすみきった心に禅師は驚き、
「あなたは、お若いにもかかわらず、よほどの修行をなされたに違いない、
これまで、どのような修行をなさっておられたのか?」
と、了凡に尋ねました。
聞かれるままに了凡は答えました。
「私は、とりたてた修業は致しておりません。
ある日出会った易の白髪老人に未来を予測され、
私は高級官僚になる運命にあり、
何歳で試験に受かり、何歳で役人になる、
結婚はするが、子宝には恵まれない、そして53歳で死ぬ。
と、言われました。
これまでの人生はその老人の占い通りになっています。
人間は最初から運命が決まっています。それを知った時、
ああもしたい、こうもしたいという欲が無くなってしまいました。
ただ、私は自分の運命の命ずるままに、
人生を全うしようと思っているので、雑念も無念もありません。」
それを聞いた禅師は、
「悟りを開いた賢人かと思ったが、君はなんて大馬鹿者か。
運命は備わっているが、運命は変えられるのだ。
因果の法則というものがあって、
善い事をすれば善い事があり、悪い事をすれば悪い事がある。
運命は、自分の行いによって変えられるのだ。」と、教えました。
雲谷禅師に懇々と諭されて、了凡は愕然とし、
その後、毎日少しでも善い事をしようと実行し始めました。
そして自らの考え方を変え、行いを改めていくうちに、
老人の予言そのままだった人生が、変わり始めました。
できないと言われた子供が生まれ、53歳を過ぎても元気でいられました。
その自らの人生を、生まれた子供に話し、
運命というものはあるけれど、運命は変えられるという事を教えました。
以下も、稲盛先生の言葉です。
一寸先の人生をどうやって生きていけばいいのかと悩んでいた時に、
このお話を知り、因果の法則を知りました。
そして、運命の命ずるままに生きていく中で、
少しでも善い事を思い、善い事をするように生きていこうと誓いました。
けれど、もともと技術者であるので、
合理的、科学的でなければいけないという心が捨てられませんでした。
優しい人が幸せそうにしていなかったり、
悪い人が幸せないい生活をしていたり、
そういうものを見て、どうしても因果の法則を信じられませんでした。
けれど、簡単に結果が出なくても、すぐに人生が変わらなくても、
それは、運命と因果の法則が折り重なっているためであり、
長い目で見ると、必ず因果の法則は成り立っていると実感しました。
宇宙には全てのものが幸せな方向へ発展していく為の力があります。
全てのものが幸せになるようにという想念があります。
これは、仏陀の慈悲のような、キリストの愛のような、
この慈悲と愛の想念に波長が合った時に、
その法則が助けてくれるのではなかろうか。そう思いました。
けれど、一般大衆の為に、このようなきれい事を言っているけれど、
本当は金儲けをしたい、大きな事業に挑戦したいという私心ではないのか、
「動機善なりや、私心なかりしか」と、心に問うてきました。
そして、どんな時も、この因果の法則を常に心に、
幸福な時にこそ、謙虚であること、
幸運も、また試練であることを肝に銘じ、
人生をまじめに一生懸命生きてきました。
人は生まれてから20歳までの間に、世の中に出る準備をする、
そして、20歳からの40年は世の為に働き、
60歳からの20年は何の為にあるのかを考え、
65歳で、京都の臨済宗妙心寺派円福寺にて得度を受け、仏門に入りました。
死ぬ時、自分の人生を振り返り、
自分の行ってきた事、経歴を自慢しても何の役にも立たない。
人生、幸せに生きる為には、利他の心、優しい心で生きていく。
魂が美しい立派な魂になっているか、
自分の魂を磨く為に、この人生がある。
これが、生きる目的だと思っています。
以上・・・・・・・
実に感動的なお話を聞かせて頂きました。
実際、内容としましては、私は仏教を学ばせて頂いておりますので、
常に聞かせて頂き、心に刻み込んでいる仏教の根幹、因果の道理ですので、
珍しいお話ではなかったのですが、
稲盛先生という方を通して、たくさんの方々に、
仏教の根幹が伝わっているということ、
今回の講演会でも、2300人という多くの方に伝わったこと、
本当に嬉しく有り難く、本当に感動しました。
善因善果、悪因悪果、自因自果
善行をしているつもりでも、実際本当に善なる心でやっているのかと、
思い悩む時があります。
稲盛先生の仰る通り、私心はないのかと・・・
実際、よくよく考えれば、私には何が善なのかさえ分かりません。
私心しかないように思えます。
それでも、釈尊が説かれた沢山の経典に書かれている言葉を信じ、
私の仕事を通して、善行にはげみたいと、
稲盛先生のお話を聞かせて頂いて、また改めて思いました。
「動機善なりや、私心なかりしか」
常に心を正し、因果の法則のもと、
自らの人生を自ら選択し、運命を開いていきたいと思いました。
各地で托鉢・辻説法も行っている稲盛先生に、心から感謝し、
一人でも多くの方に、稲盛先生のお話をお届け出来ればと思い、
今回日記を書かせて頂きました。
合掌





Template * pink_3column(公式) / Designed by *
comment